くぼちゃんち

実体験と心理学を中心に描く、くぼちゃんの備忘録

私が思うカッコイイ大人の条件とカッコよくなる方法

大人の階段を登るにつれ“自立”という言葉自体が自分のカラダ全体に乗っかってきています。

 

自分のカラダが成長する一方で、自分の精神や行動も“オトナ”として機能するためにはやはり自立することが必要だとしみじみ感じているからです。

 

 

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私が何かと色気づいて、鏡といつも向かい合っていた高校生の時はよく先生から

「自立! 自立!」と言葉のムチを浴びせられたような記憶があります。

 

しかし、当時のガキが「自立」という言葉にアンテナを張るわけがなく、早くこの場が終わらないかと先生の言葉をスルリと躱わしていました。

 

 

そんな思い出話を思い出したのはつい昨日で、仕事中に

 

「誰かがやると思っていた」

 

という言葉が聞こえてきたからです。

 

 

「誰かがやると思っていた」

 

 

 

もちろん悪い考えだとは思っていません。

それは誰かを信頼して任せている、という言葉にも取れるわけですから。

 

ですが、それは裏を返せば

人にすがって行動しているということでもある、と感じたわけです。

 

“自立”は先ほども言ったように“オトナ”としての機能を活かす1つの要でもあり、

大人としてカッコいいと感じる人たちは

「自立」して行動している人が多いです。

 

 

今回は、そんなカッコイイ大人の条件の1つである「自立」の方法をご紹介していきたいと思います。

 

 

他人は100%行動しない

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これは他人なんて信じるな! という意味合いではなく、

行動する上で自分が道を切り開いていくことを意味します。

 

つまり、他人は100%動かないものだと思って自分から仕掛けていくことが大切です。

 

 

例えば、昨日「誰かがやると思っていた」と言った彼は

きっと自分から行動することはなく、受身の態勢で何かを待っている状態だと言ってもいいです。

 

そんな彼を私はカッコイイだなんて思いません。

 

誰かがやる前に自分からやっていく姿勢の方がカッコイイと感じますし、自分からどんどん行動していく人の方が魅力的だからです。

 

 

「自立」して行動している人の場合、

本来自分がやろうという前提で物事に取り組んでいるはずなので(これは私が思う“自立)、そんな言葉は出るはずありませんし、

誰かがやってくれたことを感謝するようになります。

 

一方で“自立”していない人の場合、

自分がやらなくても......という考えが少しは頭を支配しているので、他人任せになりますしその他人がやっていなかった場合、

「なんでやらないんだよ!」とブーメランのような言葉を投げてしまう可能性があります。

 

この2人がもしも誰かとどこかへ旅行するとして、

1人は他人任せ、1人は自分から行動していくのではないでしょうか。

 

 

カッコイイ大人は後者です。

 

 

精神的自立

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自分の意思で道を切り開いていくこと、というのは簡単なことではありません。

 

自分の意思で判断すること、自分から何かをしていくということ。

 

 それは責任を自分で抱えていくということです。

 

ゆえに精神的な自立を促しています。

 

 

「他人が言ったから」

「他人がやると思っていた」

 

など、自分とは違う人達に責任を転嫁させることは自立には程遠く、聞いている側としては情けないと感じてしまいます。

 

 

今でさえ「誰かが」代わりを務めてくれるかもしれませんが、いつどうなるかわかりませんし、「他人」は自分ではありません。

 

もちろん自分で何もかも進めていくことが大切だというわけではなく、そこの部分については境界線がありますが、自分で物事を決めていこうとする気持ちが大切です。

 

 

意識していく

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「自立」という言葉を聞いて、どこからどこまでがソレと捉えることができるのかを考える前に

 

「意識していく」

 

ことが“自立”する第一歩となりますし、カッコイイ大人に近づくための階段を登ることにもつながります。

 

 自分で考え行動し、判断していくこと。

 

今まで他人任せな所があったとしても、今から意識していけばきっとカッコイイ大人になれると思います。

 

大切なのはこれまでではなく、これから。

 

私も1人の大人として、

あの頃先生に言われた“自立した人”を目指そうと思います。